武田雄治さんのプロフィール
武田 雄治(たけだ ゆうじ)
公認会計士・税理士・登録政治資金監査人
武田公認会計士事務所 所長
北浜総合会計事務所 パートナー
MAAS LLC パートナー
株式会社アガットコンサルティング 執行役員
兵庫県生まれ。関西学院大学商学部卒業。新日本監査法人、あずさ監査法人において、上場企業の法定監査や内部統制監査・コンサルティング、独立行政法人・特殊法人等の監査・会計コンサルティング、医療法人の財務コンサルティング等、幅広い業務に従事。その後、東証上場企業財務経理部門に勤務。決算・開示業務全般を担当。現在は、「経営と会計をつなぐアドバイザー」として、コンサルティング、セミナー、執筆を通し、経営者・起業家へ会計を分かりやすく伝える仕事を行っている。
【リンク】
武田公認会計士事務所
北浜総合会計事務所
MAAS LLC
株式会社アガットコンサルティング
Blog「CFOのための最新情報」
Blog「武田公認会計士事務所通信」
会計情報専門ポータルサイト「CFO Library」
はじめに
今回は、武田公認会計士事務所の所長や、株式会社アガットコンサルティングの執行役員などとして幅広くご活躍中の武田雄治さんにお話を伺いました。武田さんは「CFOのための最新情報」というBlogで、会計に関する最新情報を中心にタイムリーな情報発信を行われています。公認会計士試験に合格して以来、「CFOのための最新情報」の読者であったM.F.はいつか武田さんにお話を伺ってみたいと思っていたところ、以前インタビューをさせて頂いたアルテ監査法人の大原達朗さんが武田さんとお知り合いでしたので、大原さんにご紹介して頂き、今回のインタビューが実現しました。
お忙しい中インタビューをご快諾頂いた武田さん、そして武田さんをご紹介して頂いた大原さんにこの場を借りてお礼申し上げます。
公認会計士を目指したきっかけ
| M.F. | 本日はインタビューをお引き受け頂きありがとうございます。どうぞ宜しくお願い致します。 |
| 武田さん | こちらこそ宜しくお願い致します。 |
| M.F. | それでは早速ですが、まずは会計士を目指したきっかけから教えて頂けますか。 |
| 武田さん | 大学で入った学部・ゼミが関西学院大学商学部の平松一夫教授のゼミだったのです。当時は、コンバージェンスやアドプションという言葉もなく、世界の会計基準の調和のことを「ハーモナイゼーション」と呼んでいましたが、その頃から国際会計というものに触れる機会があったのです。 4年間平松先生のもとで会計の勉強をしていましたが、当時は会計士になることは全く考えていなかったので、普通に就職しようと思っていました。でも、大学3年生で周りが就職活動を始めた頃に、ずっと会計の勉強をしてきたので会計士という選択肢もありかなと思うようになりました。 一般事業会社に就職するか会計士の勉強を始めるかで相当悩みました。結局、3ヶ月くらい決められませんでした。悩みに悩んでどうしようと思ったときに、会計士になってから一般事業会社に行くという道はあるけど、その逆はないなと思ったのです。 当時は公認会計士試験の合格者も少なくて就職も厳しい時代だったので、私の能力では一般事業会社に入り会社勤めをしながら専門学校に通って試験を突破するのは非常に厳しいなと思いました。それなら選択肢の広い方ということで会計士を目指すことに決めました。どちらかと言えば消極的な動機でしたね。 |
| M.F. | 大学で会計を専攻されたのはどういった経緯からでしょうか。 |
| 武田さん | 数奇な運命なんです。商学部に入ったときに履修相談をした先輩の勧めで決めました。 |
| M.F. | 高校の頃から簿記に触れられていたわけではなかったのですか。 |
| 武田さん | 大学に入学した頃は簿記のことは全く知りませんでした。大学に入ってから履修相談をした先輩が、幸か不幸か、後に関西学院大学商学部を主席で卒業し、同大学の会計学者になるような人だったのです。そんな方に相談したので商学部に入ったら簿記を勉強しろと薦められて、サークルもテニスサークルとかに入ろうと思っていたのに「会計研究会」というサークルを薦められ入りました(笑)。ゼミもその先輩に平松ゼミを薦められ、言われるがまま履修しました。 |
| S.N. | ハーモナイゼーションの勉強は、日本の会計基準と国際会計基準を両方勉強するということですか。 |
| 武田さん | そうですね。ただし、大学のゼミでは会計基準の勉強は特にしていませんでした。当時は、いわゆる「会計ビッグバン」の頃で、平松先生はそれらの会計基準を作成しておられる立場の方でした。ちょうど私の大学時代に単体主体の決算開示から連結主体の決算開示に変わるという革命が起こりました。ゼミではその様な制度改正の実態や、日本や世界の現状、そしてハーモナイゼーションの流れを勉強していました。 |
| S.N. | 「会計ビッグバン」に沿って色々なことを勉強されていたということでしょうか。 |
| 武田さん | はい。当時は「会計ビッグバン」で制度革命は完結すると思っていて、まさかIFRSのようなものが日本に適用される日がくるとは思っていませんでしたが・・・。 |
| M.F. | 当時のハーモナイゼーションの対象はUS-GAAPということですか。 |
| 武田さん | 当時は国際会計基準(IAS)というよりも、US-GAAPに合わせていくということでしたね。連結会計、税効果会計、退職給付会計を次々と導入している時代でした。そういう時代でしたので、1年で会計基準が大きく変わっていき、受験勉強も大変でした。 |
| M.F. | 受験時代のお話を聞かせて頂けますか。 |
| 武田さん | 受験勉強は本当に中途半端に勉強していました。まず、先程も申し上げた通り、会計士を目指した動機が消去法でしたので、勉強に熱が入りませんでした。そのため、本格的に勉強を始めたのは大学を卒業してからでした。でもやはり勉強に気が乗らなくて遊んでばかりでした。正直、途中で辞めよう、これはもう受からないなと思いました。当時は父親に援助してもらって受験勉強をしていたので、いつまでも親のすねをかじっていては駄目だと思い、25歳の頃だったと思いますが、父親にもう受験勉強を辞めると言いました。そしたら、それまで私の言うことにNOと言ったことがなかった父親が初めてNOと言ったのです。「辞めるな、男だったら最後までやり通せ。お金の心配はしなくて良いから受かるまでやり通せ。」と。私の中では悩みに悩んで辞めたいと言ったのに、辞めるなと言われてしまったので次の日からどうしようかとまた悩みました。でも結果的にはそこで開き直って勉強して、その年に無事受かりました。 |
| M.F. | 開き直ってからは猛勉強されたのですか。 |
| 武田さん | 開き直ってからは確かに猛勉強したのですが、その年は受かりっこないと思っていました。そこでどうしたかと言うと、専門学校の入門期のテキストだけを勉強したのです。入門期のテキストを何回も読んで勉強した。そしたら、その年の試験はほぼ全て入門期のテキストから出題されて、その年に無事合格しました。苦労かどうか分かりませんが、受験時代はとにかく悩むことが多かったです。 |
監査法人での経験
| M.F. | 試験に合格してからの経験を聞かせて頂けますか。 |
| 武田さん | 合格後入所したのは東京のKPMGです。私は合格が25歳とあまり若くなかったので、KPMGの同期の中で年齢は上から2番目でした。 KPMGを選んだ理由は、社会人のスタートが遅かったこともあり、その遅れを早く取り戻すため一番仕事を担当させてくれる法人を選びました。東京・大阪の全ての大手監査法人にゼミのOBがいましたので、そこで働いているOBに実際に話を聞きに行き、1年目、2年目から一番仕事を担当させてくれる法人、それも雑務ではなく、責任ある仕事を一番担当させてくれる法人はどこかを調べました。 最終的に、東京のKPMGがすごく働かせてもらえるということが分かり、そこに決めました。KPMGは、当時新日本監査法人の中にありましたが、1つの中堅監査法人のようになっていました。普通は大手監査法人の監査部門に配属されたら会計監査ばかりをやることになると思うのですが、当時のKPMGは色々な仕事ができるチャンスがあったのです。ですから私は入所1年目から民間企業、それも国内だけではなくて外資系の企業の監査も担当しましたし、(当時は小泉首相の頃だったので)特殊法人改革として日本全国の特殊法人を民営化・独立行政法人化するといったコンサルティングの仕事や、医療法人のコンサルティングなど、さまざまな仕事を経験することができました。 KPMGは入所1年目の新人でも手を挙げたら仕事を振ってもらえるような事務所でしたので、私は1年目から手を挙げてマネージャーのところに仕事をもらいにいっていました。 当時はまだ若くて体力には自信があったので、24時間働き続けても大丈夫というくらい仕事をやろうと思い、色んな仕事を引き受けました。2年目にはパートナーから仕事を減らせと説教されるくらい働いていました。 勤怠表に1日24時間チャージしたことがあるのは私くらいじゃないでしょうか(笑)。当時は、売上高数億円くらいの小規模の企業から数兆円くらいの規模の超巨大企業まで、結構な数のクライアントを平行して担当していましたが、そういう働き方をしていた人もあまりいなかったと思います。 当時の目標は、世間の人が10年かかることを5年でやるということでした。監査法人では大体10年くらいでマネージャーになると思いますが、5年でなれないかなと思って仕事していました。今から考えるとなれるわけないのですが、当時は真剣に考えていました。結局3年半くらいでKPMGを退職しましたが、その間は働けるだけ働くという感じでしたね。 |
| M.F. | 民間企業の会計監査以外にも様々な業務をされていますが、その都度勉強されたのですか。 |
| 武田さん | そうですね。独立行政法人の監査は当時の上司も経験がないですから、ひたすら勉強しましたね。それこそ本をかけるくらいまで勉強しました。 |
| S.N. | 周りが10年かかるところに5年で行こうと思ったきっかけは何ですか。 |
| 武田さん | 会計士としての出だしが遅れたというのが理由の1つですね。もう1つの理由が早く関西に戻りたかったのです。私は合格まではずっと関西にいて合格してから東京に出てきたのですが、そのときに東京は修行の場ということで割り切って出てきました。早く成長して早く関西に帰りたい、だから25歳で合格したので30歳までは修行しよう、山にこもるつもりでやろうと思いました。そういう思いを持って東京に出てきたので、10年間かけてマネージャーになれれば良いという考えはなく、できることは早くやろうと思っていました。 |
事業会社への転職
| M.F. | 監査法人で3年半経験を積まれた後、事業会社へ転職されましたが、その辺りの経緯を教えてください。 |
| 武田さん | KPMGにいて監査やコンサルティングなど色々な業務を担当したのですが、どれだけ沢山のクライアントを担当しても分からなかったのが、決算日から試算表が出来上がるまでの約1週間の過程でした。 監査は試算表が出来てから行くわけですが、その試算表ができるまでの約1週間に経理の現場で何をしているのか、監査をいくらやっても全く分からなかったのです。でも、将来独立をするにしても、その苦労を知らずに何のアドバイスができるのだろうと思いました。経理の現場にとっての実質的な決算はその1週間を指すと思うのです。だからその実質的な決算の業務を知っておかないといけないと思ったのですが、これは監査をどんなにやっても分からないので、事業会社に行くしかないと思いました。私がKPMGを辞めようと思ったのは28歳でしたが、30歳までは修行だと割り切って東京に出てきたので、あと2年くらいは東京で違うことをやっても良いのではないかと思い都内の上場企業に転職することにしました。 |
| M.F. | 実際に事業会社で経理業務を担当してみていかがでしたか。 |
| 武田さん | 一番大きいのは監査する側と監査される側は全然違うということです。 監査をされる側、経理の現場は、決算が締まってから試算表ができるまでは戦場です。監査する側にいた頃は全く分からない世界です。開示業務においても、有報や短信を作る側とチェックする側では苦労が全然違いました。監査する側にいた頃はクライアントの苦労を知らずに偉そうなことを言っていたと思います。しかし経理の現場は大変な苦労を伴います。 あと大きく感じたこととしては、監査法人が鬱陶しいということですね(笑)。やはり監査は受けないといけないわけですが、監査法人への対応には非常に時間を取られます。当然、その間も監査対応以外の業務があります。監査法人の対応に朝から晩までかかると、自分の仕事はその後やらないといけないので、監査対応期間中はすごく大変です。しかも、質問をばらばらに来られるとより大変になります。 これは監査する側にいた頃は分かりませんでしたが、監査される側になって初めて質問の仕方等もしっかり考えないといけないなと強く感じました。監査もサービス業ですので、きちんとお客さんのために様々なサービスを提供していかないといけなくて、単にお役所的にこれをやらないといけないからと質問するのではなくて、何故この質問をするのか、何故この資料を依頼するのかをきちんと説明するべきだと思います。また、質問の仕方も思いつきで聞きに行くのではなくて、きちんと考えた上でまとめて質問にいく等の工夫はしたほうが良いですね。監査する側にはこのような配慮をきちんとして欲しいと、経理で働いてみて強く感じましたね。 |
| M.F. | 経理を経験される中で、会社の決算フローに課題があるという思いをもたれたそうですが、その辺りのお話をお聞かせ下さい。 |
| 武田さん | 事業会社に行く前は、経理部は管理部門やコストセンターと言われるように利益を生まない部署というイメージを持っていましたが、実際に入ってみるとそうではなく、会社の中枢部門だと思いました。そして、私は、経理部を「情報製造業」であると定義しました。なぜなら、経理部は、会社のあらゆる情報が集約される部署だと思ったのです。例えば、見積書や請求書、契約書といったあらゆる情報が経理部に集まってきます。それを加工して、最終的に外部の利害関係者に対して有価証券報告書や決算短信という形で報告しますし、取締役会等のような内部の利害関係者に対しても報告資料を作成します。社内外の利害関係者は、経理部から情報提供された価値ある情報を元に、経済的意思決定を行っているのですね。逆にいえば、経理部から価値ある情報を提供できなければ、彼らは経済的意思決定に有用な情報を得ることができないわけです。これって、すごいことだと思いませんか?経理部って企業の中で大変重要なポジションだと思ったのです。だから、経理部では、仕訳をきって終わりという「情報倉庫業」ではなく、情報を入手したものを加工して、より付加価値のある情報として出荷していく「情報製造業」でなければならないと思いました。本当に工場と同じで、情報を仕入れて加工し、出荷するという情報の製造工場でなければならないのですよ。 |
| M.F. | その「製造工程」をもっと改善できると思われたわけですね。 |
| 武田さん | そうです。製造工場であるにもかかわらず、きちんとラインがひかれていないのです。 例えば10人~20人の担当者がいたとして、それぞれがバラバラのことを行っている。本来であれば1本のベルトコンベアをひいて、その流れの中で加工して出荷することをどれだけタイムリーに行うかがポイントとなりますが、各人がバラバラの作業をしており、非効率になっています。 経理が非効率だと当然監査も工数がかかり、経理も監査も手待ち時間が多くなります。その結果、手待ち時間が多いのに残業をする状態になってしまいます。経理部門がスムーズに加工から出荷までを行えるようになれば、現場の決算の工数を削減できるだけでなく、監査の工数を削減することもできます。 この点は経理に入って仕事をするようになってすぐに感じましたね。 だから、まずは経理部の「製造工程」にきちんとベルトコンベアをひいて、業務をスムーズにしよう、そして現場の決算も監査の手待ち時間も少なくしようと思いました。 監査の工数削減も大きな課題だと思ったのです。なぜなら、監査法人が終電近くまで監査を実施すると、経理の人はタクシー帰りにならざるを得ません。これでは身体を壊してしまいます。私がいた企業は、若い社員が多く、しかも女性社員が多かったので、なんとか普通の時間に帰ってほしいと思ったのです。 |
| M.F. | 経理部のラインに課題があると思えるのは監査の経験があったからでしょうか? |
| 武田さん | もちろんそうですね。経理の現場の人達も問題意識は持っていますが、どう解決していいのか分からない状況が続いていました。 私は監査の経験があったので、決算業務だけではなく監査も効率化させられるようなラインを作ることができました。通常は決算を効率化させようとすると、試算表の作成を早めようとする場合が多いです。いかに単体決算を早くするかということの対策を採ることが多いのですが、それは必ずしも正しい解決法ではないと思います。経理の現場で感じるのは、試算表を締めるまでの工程よりも、試算表が締まってから開示までの工程が非効率であることが多いということです。 例えば、連結財務諸表を作成する場合でも、教科書通りに仕訳をきって2週間くらいかける会社もあれば、パズルのようにやって1日で終わらせる会社もあります。開示も開示基礎資料を作って短信を1日で作る会社もあれば、注記項目の数字を作るのに2~3週間かかる会社もあります。 結局、試算表から開示までのラインがひかれていないのです。最終的なゴールは利害関係者へ情報提供することだと思いますし、その間に必ず監査を受けないといけませんので、試算表を作成した後、監査を受けて開示をするまでをいかに効率化できるかというラインをひく必要があるのです。 |
独立した経緯・業務内容
| M.F. | 独立する経緯、独立されてからの業務についてお聞かせください。 |
| 武田さん | 私が事業会社で勤務している時に、他の事業会社の方と話をする機会が多くありました。すると、どこの会社も経理部にベルトコンベアがひかれておらず、非常に非効率な決算業務を行っていると感じたのです。しかも、どこの会社も問題意識はあるけど、解決策が分からないという状況でした。当時、上場企業は4000社近くありましたが、その大半が決算の業務フローに悩みを抱えているのではないかと思ったのです。非上場企業も含めると100万社以上が問題を抱えているなと。これは非常に大きなマーケットであるし、私の経験してきたこと、体験してきたこと、勉強してきたことが、多くの企業の問題解決に役立つに違いない、そう感じたので独立しました。 現場には必ず悩みがあります。現在、私が行っているコンサルティングは、その悩みを聞いて、解決策を提案して、実際に解決していき、経理部を経営に役立つ中枢部署にしていくことです。サービスをパッケージ化して売り込むというようなカタチではなく、あくまで現場の悩みを聞くというスタンスです。 |
| M.F. | 現場の悩みを聞いて、ベルトコンベアを作っていくということですか。 |
| 武田さん | 私が言っているベルトコンベアとは、決算業務に限定していえば、試算表、リードスケジュール、分析資料、勘定科目明細、開示基礎資料と流れ作業のようにテンプレートを用意しておくことです。 例えるならば、弁当工場です。弁当工場は、ベルトコンベアの上に弁当の箱が流れていて、後はそこにご飯やおかずを入れていくイメージですよね。同じように経理でも試算表から開示基礎資料までを流れ作業で行う。ベルトコンベアをきちんとひくと、個々人の能力に依存しない決算業務を行うことができます。 上場企業においても、連結財務諸表を作成できる人が部長しかいない、財務分析も部長の仕事だ、という会社があります。優秀な会計士を雇うべきかどうかという議論になることがあります。しかし、私は、決算の精度向上や早期化・効率化の実現と、個々の人材の能力は関係ないと思っています。 |
今後の目標
| M.F. | それでは今後の目標教えていただけますか? |
| 武田さん | お客様が私に対してフィーを払う理由は、別に私に会いたいからではないのです。 私にフィーを払う理由は、私の経験や体験、ノウハウなどの情報に価値を感じてくれているからだと思います。 ですので、私がやるべきことは、常に価値ある情報を提供し続けることだと思っています。 今私が考えていることは、私の提供している情報・知識をいかに沢山の人たちに届けられるかということです。対面のコンサルティングは時間的、空間的、経済的な制約があるので、どんなに私がやりたいと思っても限界があります。 でも、お客様は私に直接会いたいためにフィーを払うわけではないと思いますので、私が価値ある情報をタイムリーに届けることができれば良いと思っています。 今はネット社会ですから、インターネット上に私の持っている知識を惜しみなく提供し続けていけば、ビジネスは成り立つと思います。 最近はコンサルティングビジネスをネットの中で完結させるにはどうすれば良いのかということを常に考えています。会計の情報を求めている人は東京だけではなく日本中、世界中にいるわけで、そういう人達に対してネットを介してタイムリーに価値ある情報を提供していきたいと思っています。 Googleは経営理念に「世界中の情報をインデックス化する」と謳っています。私には「世界中の情報をインデックス化する」ことはできませんが、「世界中の会計情報であればインデックス化できる」と思っています。 |
| M.F. | ネットでコンサルティングとはどういったものをイメージすればよいでしょうか。 |
| 武田さん | ネットでコンサルティングといっても、ネット上で質問の受け答えをするというのではなくて、こちらが価値ある情報を提供していくというのをイメージしています。 現場でコンサルティングを行っている時も、お客様の悩みを聞いて、その解決策という価値ある情報を提供しているわけです。両者の違いは、人が介在しているか介在していないかであり、ネット上でやれることはやってしまうべきだと考えています。 簡単にいえば、スカパーみたいなイメージですよ(笑)。色んなチャンネルがあって、そこに欲しい情報がある。コンサルティングというよりも、コンテンツビジネスのイメージですね。 |
| M.F. | 凄い量の情報を発信し続けているように思いますが、勉強はどのようにしているのでしょうか。 |
| 武田さん | 結局、私の仕事自体が情報を発信・提供していくことだと思っているのです。コンサルティングはそういうものだと思います。 私がコンサルティングを行おう、価値ある情報を提供しようと思うと、私自身が新たな価値ある情報を製造・加工し続けられる状況になければなりません。そのためには、常に自分の価値を高め続けないといけません。 私が勉強を怠ったら、公認会計士としての武田雄治は終わりだと思います。私自身も「情報製造業」なのです。情報のアウトプット先として、コンサルティングのお客様があり、Blogがあり、セミナーがあります。常に何かのアウトプットをし続けるというのが、私の仕事だと思います。 BlogやTwitterなんかもそうで、すべて私の中では「情報製造業」におけるアウトプット先なのです。例えば、TwitterでつぶやいたことをもとにBlogを書いたり、Blogで書いたことをもとにセミナーを開催したり、セミナーで話したことが書籍になったり、それがコンサルティングの提案内容になったりと全部がつながっています。ですから、よく「Blogにどれだけの時間をかけているのですか」と聞かれますが、自分の中ではBlogも書籍も全てが全体の中の1つですので、Blogに何時間使っているという感覚がないのです。朝から晩まで仕事をしている中で、色々な組み合わせでやっているので。Blogを配信するためにBlogを書いているという感覚もありません。そういうアウトプットをすることがビジネスだと思っているので、常に何らかの情報を仕入れ、常に何らかの情報を製造・加工しています。情報をインデックス化していかないといけないという使命感があるので、必然的に多くの情報を入手する必要があります。例えば、毎日毎日の会計のニュースはiPhoneに飛ぶようにしていますし、かなりの数の会計のメルマガやBlogも読んでいます。 |
| S.N. | 話題が変わりますが、武田さんが仕事をする上でのこだわりがあれば教えて下さい。 |
| 武田さん | 論語の中に「利の元は義なり」という言葉があります。要は利益の源泉は正しいことをやることだという意味です。金儲けのためだけに仕事をしてはならないと思います。常に自分の軸を持って、この分野では自分はNo.1になるというものを持つことが重要だと思います。しかし、それは会計士になってすぐには分からないと思います。それは目の前のことを何年もやり続けて初めて見えてくるもので、求めるものではないと思います。まずは自分の軸ができたらそれをやり続けることだと思います。利益のために、儲かりそうな仕事があれば、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとするのは節操のない話だと思います。ですから、利益のために仕事をするのではなくて、正しいことをやり続けることが必要で、それを常に考えながら仕事をしています。 |
受験生、若手会計士へのメッセージ
| M.F. | 現在は非常に就職環境が厳しい状況にありますが受験生に何かメッセージを頂けますか。また若手会計士に対しても何かメッセージを頂けますか。 |
| 武田さん | まず、私は会計士になってから10年くらいになりますが、受験勉強で必要な知識というのは、社会に出てから必要な知識の100分の1くらいなのだろうと思っています。受験生の頃は、「こんなに勉強できるかよ!」って思いながら勉強していましたが、実際に会計士になって働いてみたら、あの時の知識って本当に限られた知識で、社会に出てから必要になる知識のほうが圧倒的に多いわけです。だから、受験生に対してのメッセージとしては、まずそういう認識で、色々と手を拡げすぎない、かつ的を絞り過ぎない、与えられたテキストをしっかりやる、ということでしょうか。僕の中で専門学校のテキストは受験生にとって最高のものだと思っていますので、あれだけをやり遂げるということだとが大切だと思います。専門書を買ったりして勉強する必要はないと思いますし、それで勉強しても社会に出てから必要な知識の数パーセントにしかならないので、まずは専門学校のテキストだけをやりきって欲しいと思います。
若手の会計士に対しては、最近監査が面白くない、監査を辞めたいという意見を良く聞きますが、これは非常に残念だなと思います。最近業界も品質管理が厳しくなり、クライアントに対して指導的機能を発揮しづらくなってきていたり、法人や会計士協会、金融庁対策といった色が強い調書作成といったクライアントから何の感謝もされない仕事が増えたりしていると思いますが、だからといってやる気が出ないとか、仕事を辞めたいとか思うのではなく、監査という仕事をある程度極めて欲しいと思います。なぜなら、公認会計士としてどんなビジネスをやるとしてもで、基本になるのは監査だと思うからです。これは将来、事業会社に行くにしても、コンサルティングを行うにしても、自分で経営をするにしても監査でやってきた経験というか知識は他では絶対に得ることのできないものになると思います。ですので、これを途中で投げ出すというのは非常にもったいないと思います。だから、自分の中で満足するまでは監査をやってもらいたい、少なくとも数社のインチャージを経験するくらいまでは監査をやってもらいたいですね。 |
| 一同 | 本日はありがとうございました。 |
| 武田さん | こちらこそありがとうございました。 |






